菊地成孔・大谷能生 東大ゼミ 即興1

今月は3回しかないけど即興。その第一回目。
ヨーロッパでのフォークロアとクラシックの違いから、アメリカのポピュラー音楽での「即興」。そして出自をポップに持ちながらも「歌」と「踊り」から切り離されて複雑化し、アドリブが重要視されたビバップの出現。最期はデレク・ベイリーインプロヴィゼーション

MEMO

  • ピアノとオーケストラは同じだけど、オーケストラにはペダルがない。
  • ヨーロッパのノイズの抑圧はプロトゥールスまで繋がる。
  • 個人史は世界史のパロディ
  • 学術用語を出すと東大生は途端に真剣になる。学問フェチ。
  • 秀吉の朝鮮出兵が成功していたら、音楽を教えにいくので、アジア的な平均律ができたのではないか?
  • 吉田健一は17世紀最高、19世紀最低という認識だった。
  • ビバップは「口ずさめない」「踊れない」「覚えられない」で、残ったのが哲学。実存主義
  • 主体でありたいという欲望=主体なー=シュタイナー(w
  • ジョン・コルトレーンはコードを理論的に使い潰して、最期は鈴にたどり着く。
  • コルトレーンが日本で流行っていた時、三拍子を使うことに対して「仏教の三身一体から来ている」といっていた評論家がいる。てけとー
  • コルトレーン(マイルスもだが)の功罪は、個人史がJAZZ 史となってしまっていること。しかもマイルスと違ってコルトレーンは現役期間が10年しかない。
  • 間 章のJazz Magazine の連載「ジャズの“死滅"に向けて」に「デレク・ベナリー」という誤植をハケーン。

コルトレーンの葬式で流れたアルバート・アイラーの音楽やら、デレク・ベイリーのリハーサル録音など、良いものが聴けました。